2013年11月06日

『もう一つの平和祈念像』 - トンチンカン人形  (文責:Modal代表 林田)

我がModal、スタートしたばかりで記事になりそうな活動がまだありません。
そこで私が新しい長崎土産を作りたいと思うきっかけとなった、「トンチンカン人形」について書こうと思います。
公式ブログの私的利用ゴメンナサイ。

ところで皆さんトンチンカン人形って御存知ですか?
とりあえず現物の写真をご覧ください。

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これ、大きさが5〜10cmほどの、素焼きに着色した人形です。

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1体1体手作りなので、同じものはありません。

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名前の通りシュールでユーモラス、そしてちょっとグロ可愛くて、でもどことなく悲しげなその姿に惹かれて、出会って以来私の頭の隅っこにはいつもこの人形たちがいるような気がします。

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この人形の作者は久保田 馨さん。
長崎焼に魅せられた久保田さんは、2年間中原仁斎氏の元で陶芸を学んだ後「トンチン館」という名の小さな工房を愛宕山に構え、人形を作りはじめました。1954年のことです。

トンチンカン人形はおみやげ屋に置かれ、30円という驚くべき安価で売られていました。
その評判は長崎を訪れる観光客から口コミで広がっていき、1962年、ブラジルの詩人I.C.ヴィニョーレス氏によって芸術誌に紹介されると、その独創的な造形は全国的に知れ渡っていきました。
当然東京の百貨店での販売や、アメリカへの輸出の話などが持ちこまれますが、久保田さんは全て断り、相変わらずおみやげ屋で子供でも買いやすい価格で売られ続けました。

久保田さんは人形を作る傍ら、俳句を詠んだり、近所の子供たちを集めて「アリの会」という会を作り、遊びや俳句を通して「美を発見し、考え、表現すること」を教えたりもしました。

以下はアリの会の子供たちとの回覧ノート「みんなのかべ」に書かれた一節です。


平和は来るものではない、つかむものだ。
どうしてつかむか!ぼくはトンチンカン人形にきいた。
人形が答えた!
「ドロの手でつかみなさい!」
トンチンカン人形よサンキュー。
平和を信じて人形をつくっていく。
平和を信じて人形に目をいれてく。
戦争をにくんで人形をおどけさせる。
ゲンスイバクつくられているかぎり、人形を作っていく。



久保田さんにとってトンチンカン人形は、1体1体に平和への願いを託した祈念像だったのです。
この言葉の通り、久保田さんは16年間に30万体近くというとんでもない数の人形を制作し、42歳の若さで亡くなりました。

どうして久保田さんは、売ろうと思えば相当な高値で売ることができたであろうトンチンカン人形を、あくまでもおみやげ品として作り続けたのでしょうか。
自分の作る人形が芸術作品とは思っていなかったとも、トンチンカン人形が、自身の精神の暗部を投影したものであるという作者の思いから、有名になることを拒んだとも言われています。
確かにそういう側面もあったのでしょうが、私は(これは個人的な推測ですが)、芸術作品としてケースに収まると伝わらなくなってしまう、おみやげならではの温かい感触にこだわったのでは、と思います。
その温かさから伝わる平和への思いを、久保田さんは何よりも大事にしていたのではないでしょうか。

作者の没後43年を経た現在、「トンチンカン人形を美術品として見直すべき」という声もあるようです。
私としては「芸術性にあふれた土産品」のままでいて欲しいと思う反面、このまま散逸してしまうのなら、子どもたちの遊び相手という役目を終えた人形たちを集めて保存し、多くの人達がいつでも会えるように展示することも必要かとも思います。
なぜなら、久保田さんは亡くなってしまいましたがゲンスイバクはいまだにつくられているのですから。

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現在トンチンカン人形は長崎市歴史民俗資料館に常設展示されています(観覧無料)。
展示スペースがやや狭いのが残念ですが、久保田さんの平和への思いを考えると、原爆資料館に隣接している今の場所はトンチンカン人形の居場所にふさわしいのかもしれません。

さらに今年、トンチンカン人形が全国的に知られるきっかけとなったI.C.ヴィニョーレス氏所有の、保存状態が極めて良いトンチンカン人形57体が長崎市に寄贈されました。
近日中に追加展示される予定だということです。

久保田さんの生涯とトンチンカン人形にまつわる話は、渡辺千尋さんが書いた評伝「ざくろの空 頓珍漢人形伝」(河出書房新社)にとても詳しく載ってます。(このエントリを書く際にも参考にして一部引用させていただきました。)
ご自身も銅版画家である著者の、同じアーティストならではの視点から描かれる、久保田さんの作品を作る喜びと苦悩がリアルに伝わってきます。
残念ながら現在品切中・重版未定ですが、興味を持たれた方は図書館等で探してぜひ読んでみてください。

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渡辺千尋さんは2009年他界されましたが、自身がトンチンカン人形を紹介しているウェブサイトが残っています。
作品写真も豊富です。
トンチンカン人形館 http://www19.big.or.jp/~higashi/page/tontinkan/

このように「知る人ぞ知る」という存在のトンチンカン人形ですが、今でも思いを寄せている人は多く、今年3月には「トンチンカン人形と長崎の画家達展」という展覧会が、長崎市樺島町のタイピントギャラリーで開催されました。
その図録はトンチンカン人形や久保田さんが描いた絵画に加え、彼が師事した中原仁斎氏の作品等も見ることができ、トンチンカン人形が生み出された当時の背景も知ることができます。
さらにポストカードや久保田さんの俳句と人形の写真が表裏にあしらわれた小冊子等もありました。
これらは全てタイピントギャラリーで入手できます。

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トンチンカン人形と長崎の画家達展〜久保田馨とその時代〜図録 \1000(税込)


最後に久保田馨さんの詩をもう一つ。


何とトンチンカンなんでせう
灰におびえる人々も
それを撒きたがる人々も
同じ人間なのは
この最大最悪のトンチンカンから
些細なほほえましいトンチンカンに至まで
私達は毎日
よろこびのかなしみの
その他のお面をいっぺんにかぶり
神と悪魔と
たやすく手をとり
忽(たちま)ち訣(わか)れ
明日へ新しいトンチンカンをこしらえる
それが生きることらしい
何とトンチンカンなんでせう



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posted by Modal_N at 22:16| Comment(0) | Art